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ただ在るということ

ただ在るということ

ただ、在るということの中に

こんなにも沢山さんのものが含まれていたなんて・・・



ただ在るということは

究極の透明・・・



全体と一体化して

すべてに浸透している



在るだけで満ち満ちている。


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「私自身=不快な現象や感情」という間違い

無空庵のセッションで無空さんにお話しを聞いてもらいました。
何だかスッキリ・・・・です。


私・・・
「マインドが上がってきた時、脈々と連鎖して思考が浮かぶのが、
うるさいなぁ・・・・と感じるんです。」



無空さん
「マインドが次々と出てきた時は心地がよくなく、
静かなときには気持ちがいいのは自然な反応ですね」


「マインドが賑やかなときもあるが、
それを必要以上に嫌がらないこと。
うるさいと思うこと自体は自然な反応。
外を歩いていても、いろんなうるさい音もありますからね~」


「うるさいなぁと自然に思ってくる思いに対しては、
それはもう全然構わないのですね。
ただ、必要以上に嫌がらず、うるさがらないといった感じです」


「どうしてもそっちのほうが(静かなほう)いいんだ!と
必要以上に強くなれば、
またマインドの世界になってしまいます」


「そのときそれにどれだけ、ただ気づいていられるかで、
どれだけ根っこから早く解消していけるかどうかということですね」



「まぁ、多少なりともそういうものが出てくれば巻き込まれますけどね、
そのなかでもどれだけ離れて気づいていれるか?
あるいは、巻き込まれながらも僅かな気づきを残して
気づいていられるかということですね」


「ただ気づいている。やっぱりただ気づいている。どれだけうるさくてもですね」


「掃除中はほこりが立つのは自然なことですからね」



「自分で勝手にマインド重ねている・・・もうやめようと思うんですけどね・・・・」


無空さん
「自分じゃないんですね。
マインドは自分のものにしています。
既にそこで巻き込まれているんですね。
ただ起こっている。
パターンがただ起こっているだけなんですね。
そこから離れるといいですね。
ただ近くで起こっている。
一番近いから自分のものにしがちですが」


「マインドは全部自分がやってるって・・・・。
私が・・・、あの人が・・・、
そうなると物語になってしまうんです」


「社会生活を送るにおいてはそういう認識は
(マインド的な認識)必要ではありますが、
ただ理解としては、ただ起こっている、
全ては全体の中でただ起こっているという状況があるだけです」


「通常の習慣で、私が~という個人が主体になってしまうのですね。
まぁ、習慣ですから、それにもただ気づいていればいいですね。
それも自然にでてくる。これも宇宙の中の自然な生産物でもあります」


「私がこれをしている、これはわたしのもの。
これも自然に出てくるものなので自然なものではありますが、
私が~ということに対して、ただ起こっているというふうに見れる、
そういう態度でいれるように練習していくわけです」


ある意味、確立するということは、そこから自由になるということですから


~~~~~~~~~~~☆~~~~~~~~~~~~


日常生活で不快だなぁ・・・・と感じることが起こってきたとき
どうにかして不快に感じないでいられるようにしようとしていました。
改めて話しを聞いてもらうと
その行為事態がとても不自然とうことがわかりました。


不快も自然現象として
ただ起こっていただけなんでした。


この「不快な現象や感情=私自身」という図式を
マインドが作り上げて定着、パターン化していました。

私=個人というふうにひとまとめのセットに押し込んでいた。
私は個人じゃなかった~


変わらない無限の意識そのもの、
雄大、広がり、優しさ・・・すべてが私でした


起こっては消える不快な現象や感情も
起こるべくして単純に起こっているだけなので


ただそれを認めて、離れて観る。
観照者の意識が私でした。

起こった感情や出来事が近過ぎて
本当の自分そのものと間違って、ごちゃまぜになっていた。



何度も聞いていたはずでしたが
今回はハタと腹に落ちた気がしました。




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在るはすべてを見守り・・・・

隠れエゴを見つけた・・・・

気づきたくないというか、
気づいたらすぐに消さなければいけない、
無くしたい・・・・
「消去!」
とエゴは解釈していたようだ


誰も無くさなきゃいけないなんて言っていなかった
エゴも何もかもあっていいと・・・


全ての存在をそのまま許し
愛し
見守ってくれていただけだった


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個人のなかに本来の自己を封じ込めると息苦しい

今まで何か・・・・・
とっても窮屈と感じたり
息苦しかったのは それだった。

箱のなかだけで視界を広げようとしていた。

限定された箱の中に入っていると外が見えない。

手や足を思い切りぎゅ~~~と伸ばしたくても
限りがあるし

深呼吸をしてみても 箱の中の空気しか吸えない。

個人は限定された箱と同じ。

意識を外(在る)に向けると、無限の広がり、伸びやかさがそこにはあった。

気が遠くなるくらいの永遠ともいえる無限だ。
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いちばん大切なことは在るに戻ること(意識をむけること)

いちばん大切なことは在るに戻ること(意識をむけること)

エゴに取り込まれて、まるで雪だるまが大きくなるように

どんどんとエゴが肥大化して
歯止めが利かない暴走車のようになってしまってるときがある。
(今は特にある。まるで戦いのようだ~)

わかちゃいるのに次々と嫌な言葉を発してしまう私。

でも不思議!!

そんな嫌だと感じる自分を見ているというか(感じている)もう一人の私がいる。

「ほらほら、もうそろそろこの繰り返しはやめよう・・・・・」と。

この嫌な言葉を発してしまう自分が嫌だと感じるのはマインド。

在るはやすらぎそのもの。

このいちばんのやすらぎの在るの空気に戻ろう・・・・。

・・・・・・というか

既に背景には在るんだから、意識を在るに向けてみよう。

約1年前までは「在る?チンプンカンプン???}だったけど、

無空庵Satorinさんのセッションを継続して受けれて

自然と在るの感覚を思い出しやすくなってきた。

この共鳴セッションに出会えて、

そして継続して受けることができてること自体がものすごく大きな恩寵に感じる。

あぁぁぁぁぁ・・・、本当にありがたいなぁ・・・・・・。

さあ、今から10分間私は在るに浸ります・・・・・・。

そして本当の自分を取り戻します
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